遺言書に「証券会社の預かり財産を換金し、一定額を相続人や第三者に渡す」という条項があるとき、
申告書でこれを「代償分割」として扱ってよいのか、贈与税の危険はないのか、売却益の確定申告は誰がするのか。
条文・通達・国税庁の公表事例をもとに、一般的なケースとして整理します。
設例 被相続人の遺言書に、次の趣旨の条項があります。
「証券会社に預けている財産のうち、指定の順序で6,000万円に達するまで換金し、
子に3,000万円、受遺者甲に2,000万円、受遺者乙に1,000万円を渡す。」
相続人は配偶者と子(前婚の子)の2名。甲・乙は相続人でない受遺者です。
預貯金と残余の財産は配偶者が取得すると定められ、遺言執行者として金融機関が指定されています。
証券会社の預かり財産にはファンドラップ(投資一任契約)が含まれ、
契約者の死亡により契約が終了して組入ファンドが自動的に売却され、MRFになっています。売却時の源泉徴収はありません。
担当者の悩み 「代償金として」とは書かれていないが、配偶者が有価証券を全部取得して代償金を払う形で申告したい。
そうすれば売却益の確定申告も配偶者だけで済む。
しかし遺言に代償金の記載がないまま代償分割として申告すると、配偶者から3名への贈与と見られないか。
代償分割は共同相続人(または包括受遺者)の間で行う遺産分割の一方法です。
相続人でない受遺者は遺産分割の当事者になれないため、代償分割の当事者にもなれません。
3名が受け取る金銭は被相続人からの遺贈(子は相続または遺贈)です。
配偶者からの贈与ではありません。危険が生じるのは、遺言と違う金額や経路で渡した場合です。
配偶者は有価証券の評価額から給付額を差し引いた額、3名は各給付額(または按分額)。
代償分割と呼んでも結果は同じですが、名目は「遺言に基づく換価代金(金銭の遺贈)」とします。
「全部を配偶者に相続させ、その負担として換金・給付する」と読める場合は配偶者のみ。
典型的な清算型と読む場合は、配偶者と子が法定相続分で申告する形が課税実務に沿います。
売却は相続開始後の行為であり、みなし譲渡は法人への遺贈と限定承認に限られます。
ただし死亡日までの他の所得については準確定申告の要否を別途確認します。
配偶者がいったん全部を自己名義にしてから自分の口座で払う形は、
遺言執行者の権限と抵触し、「代償金」名目の送金が贈与の疑いを招くため避けます。
「代償分割で申告すると贈与になるか」という問いの立て方自体がずれています。
贈与税が問題になるのは名目ではなく、遺言で確定した権利関係を後から付け替えたときです。
本当の分かれ目は、相続税ではなく所得税(売却益の帰属)にあります。
財産を売って代金を分ける仕組みには、根拠の違いで3つの類型があります。
外形は似ていますが、誰が当事者になれるか、何を根拠に金銭が動くかが違います。
| 類型 | 根拠 | 当事者 | 税務上の位置づけ |
|---|---|---|---|
| 代償分割 | 共同相続人の遺産分割協議 | 共同相続人・包括受遺者 | 現物を取得した相続人が、他の相続人に金銭(代償財産)を支払う。 相続税法基本通達11の2-9、11の2-10 |
| 換価分割 | 共同相続人の遺産分割協議 | 共同相続人・包括受遺者 | 遺産を売却し、代金を協議で定めた割合で分ける。 売却益は各相続人に取得割合で帰属 |
| 換価遺言 (清算型遺贈) | 遺言者の指定 | 相続人・受遺者(相続人以外も可) | 遺言者が「売却して代金を渡せ」と指定する。 受遺者は金銭(不特定物)の遺贈を受ける。遺言執行者が換価・給付する |
設例の条項は、遺言者が「換金して金銭を渡す」ことを指定したものですから、第三の類型である換価遺言(清算型遺贈)に当たります。
税務大学校論叢85号の整理によれば、換価遺言の性質は一義的に決まらず遺言者の意思解釈によるとされ、
金銭のみを取得させる不特定物の遺贈、相続人に対する相続分の指定や遺産分割方法の指定のいずれにもなりえます。
設例では、受遺者甲・乙への部分は金銭の特定遺贈、子への部分は金銭の遺贈または遺産分割方法の指定、
配偶者は残余財産の承継者(民法1014条2項の特定財産承継遺言)と読むのが自然と考えられます。
相続税法基本通達11の2-9(注)は、代償分割を「共同相続人又は包括受遺者のうちの1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の現物を取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して債務を負担する分割の方法」と定義しています。
相続人でない特定受遺者は、この定義に入りません。遺贈を放棄(民法986条)しない限り、遺言どおりの金銭を受け取る権利を持ち続けます。「配偶者が全部取得して代償金を払う」という構成は、相続人である子との関係では成り立ちえますが、
相続人でない受遺者甲・乙との関係では法的に成り立ちません。
甲・乙が受け取る金銭を「代償金」と呼ぶことはできず、呼んでしまうと説明できない書面が残ります。
贈与税が問題になるのは、遺言により確定した権利関係を、後から当事者間で付け替えたと評価される場合です。
国税庁質疑応答事例「遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税」は、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をした場合、
受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄したうえで分割したとみて、贈与税は生じないとしています。
ただしこれは受遺者が相続人・包括受遺者である場合の話であり、相続人でない特定受遺者には当てはまりません。
設例では「遺言と異なる分割」の枠組みに乗せる必要がそもそもありません。
遺言どおりの執行、すなわち遺贈の履行として申告するのが最も安全です。
負担付遺贈の負担によって第三者が利益を受けた場合、その第三者は遺贈者から遺贈により取得したものとして扱われます(相続税法基本通達9-11)。
名義や口座を便宜上ひとつにまとめること自体が課税事由でないことは、
国税庁質疑応答事例「遺産の換価分割のための相続登記と贈与税」(相続税法1条の4)からも読み取れます。
逆にいえば、遺言執行者が遺産口座から遺言どおりの金額を各人へ直接送金し、
申告書上も「遺言に基づく換価代金」として記載する限り、代償分割と呼ぶかどうかで贈与税の結論は変わりません。
数字の作り方には2つの方法があります。
どちらも配偶者と3名の課税価格の合計は同じで、配偶者(税額軽減あり)と3名(相続人でない受遺者は2割加算あり)の配分が変わるだけです。
3名は「遺言に基づく換価代金(金銭の遺贈)」として各金額を計上し、
配偶者は有価証券の全部を評価額で計上したうえで、3名への給付額を差し引きます。
負担付遺贈の課税価格は「負担がないものとした場合の財産の価額から負担額を控除した価額」とされており(相続税法基本通達11の2-7)、
給付義務を負う相続人をこの負担者と同視する見解があります。
民法上は、負担付の「相続させる」遺言に民法1002条1項を類推適用した裁判例(大阪地裁令和3年9月29日判決)があります。
ただし通達の文言は「遺贈」に限られ、「相続させる」遺言への適用は類推であって、公表された通達・事例はありません。
配偶者が負担する債務を配偶者の課税価格から控除する扱い(相続税法基本通達19の2-6なお書き)も補強になります。
換価が申告期限までに完了していなくても計算できるのが、この方法の利点です。
数字は方法Aと同じになりますが、相続人でない受遺者は代償分割の当事者になれないため、名目が誤りです。
遺産分割協議書の提出を求められた際に説明できなくなるため、お勧めしません。
申告ソフトの都合で代償財産の欄を使わざるをえない場合は、摘要に「遺言第○条に基づく換価代金の給付(金銭の遺贈)」と明記し、
協議書ではなく遺言書写しと遺言執行報告書を添付すれば、実質は方法Aと同じになります。
換価した資産一式の相続税評価額に、換価代金(換価費用控除後)のうち各人が受け取る金額の割合を乗じて、各人の取得財産の価額とします。
国税庁質疑応答事例「遺言に基づき遺産の換価代金で特定公益信託を設定した場合の相続税及び譲渡所得の課税関係」が、
換価された遺産の価額に換価代金のうち各充当額の占める割合を乗じて課税価格を計算するとしており、
その考え方を複数の取得者に敷衍したものです。
税務大学校論叢85号も、代償分割と同様の圧縮計算(相続税法基本通達11の2-10と同旨)を示しています。
方法Cでは「受け取る金額が3,000万円なのに課税価格が3,000万円にならない」ことになります。
相続開始日の評価額と換金日の時価が違う以上、制度上の当然の帰結であり、問題ではありません。
銘柄ごとに取得者を割り付けるのではなく、「換価資産一式の評価額×各人の取得割合」で明細を付ける形が実務的です。
| 取得者 | 受け取る金銭 | 方法A 課税価格 | 方法C 課税価格 |
|---|---|---|---|
| 配偶者 | 残余の有価証券 | 1億2,000万円−6,000万円=6,000万円 | 1億2,000万円−5,800万円=6,200万円 |
| 子 | 3,000万円 | 3,000万円 | 5,800万円×3,000/6,000=2,900万円 |
| 受遺者甲 | 2,000万円 | 2,000万円 | 5,800万円×2,000/6,000=約1,933万円 |
| 受遺者乙 | 1,000万円 | 1,000万円 | 5,800万円×1,000/6,000=約967万円 |
| 合計 | 1億2,000万円 | 1億2,000万円 |
上場株式・投資信託の相続税評価額(財産評価基本通達169・199)は換金額を下回ることが多いため、
方法Cは3名の課税価格を減らし配偶者を増やす方向に働きますが、換金日の相場次第で逆転もあります。
換価代金が申告期限までに確定するなら、公表事例の考え方に沿う方法Cを基本とし、
換価明細(銘柄・評価額・換価代金・充当先)を添付する形をお勧めします。
換価が申告期限までに終わらない場合は方法Aによらざるをえません。
遺言により各人の取得が確定しているため「未分割」(相続税法19条の2第2項)には当たらず、いずれの方法でも配偶者の税額軽減は適用できます。
換金額の上限が税引前か税引後かは遺言の解釈問題です。
税金控除の定めがなければ、換価費用控除後の代金額で判定し、売却益にかかる所得税は譲渡者の負担と読むのが自然です。
上限を超えて換金された部分は残余として配偶者に帰属します。
ここが「配偶者だけの申告で済むか」の分かれ目です。
換価遺言の譲渡所得の帰属には、次の3つの考え方があります。
設例への当てはめは、遺言全体の読み方で次のとおり分かれます。
換金部分を含む有価証券の全部が相続開始時に配偶者に帰属するため、法律的帰属説でも負担付遺贈説でも、配偶者のみが譲渡者になります。
方法Aで整理します。
遺言の残余条項と換金主体の定め方が、この読み方を文言上支えていることが必要です。
換金対象部分は「残余」ではなく、換金までは相続人である配偶者と子の共有(民法898条、法定相続分各2分の1)に属します。
ファンドラップの自動売却は、遺言執行に先立って証券会社の契約上の処理として行われた譲渡であり、その時点の所有者は共同相続人です。
したがって換金部分の売却益は配偶者と子が2分の1ずつ申告し、残余部分の売却益は配偶者が申告することになります。
子は現金を受け取るのとは別に、換金部分の売却益の半分について確定申告が必要になります。
方法Cが公表事例に近い整理です。所得税上の譲渡持分(2分の1)と相続税上の按分額が一致しないため、子の取得費加算の計算で調整の論点が生じます。
配偶者・子・受遺者甲・乙の4名が換価代金の取得割合で譲渡所得を申告します。
相続人でない受遺者に確定申告義務を負わせることになり実務負担が大きく、公表事例にも沿わないため、次善の位置づけです。
遺言書の全文(特に残余条項の文言と、換金の主体を誰と定めているか)を確認し、(a)の読み方が文言上成り立つかを確かめることが先決です。
遺言執行者が「遺産口座で換金して3名へ送金する」執行をする場合、外形は(b)そのものになります。
(a)と読む根拠が文言上弱いまま配偶者のみで申告すると、子の無申告と指摘される可能性が残ります。
なお、被相続人の準確定申告で売却益を処理する余地はありません。
売却は相続開始後の行為であり、みなし譲渡(所得税法59条1項1号)は法人への遺贈と限定承認に限られるためです。
ただし、被相続人の年初から死亡日までの所得(年金、配当、ファンドラップ内の生前の売買損益など)については、
相続開始を知った日の翌日から4か月以内の準確定申告(所得税法124条・125条)の要否を別途確認します。